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東京地方裁判所 平成10年(モ)15802号 決定 1999年6月10日

申立人(平成七年(ワ)第一六〇四四号事件及び平成八年(ワ)第四八八五号事件原告・平成九年(ワ)第四六三八号事件被告) X1

同 X2

右両名訴訟代理人弁護士 椎名麻紗枝

同 安原幸彦

同 三田恵美子

同 渡辺脩

同 櫻木和代

同 高木宏行

同 横松昌典

同 高畑拓

同 池田眞規

同 佃俊彦

同 内藤雅義

同 渡邉彰悟

同 富田真美

相手方(平成七年(ワ)第一六〇四四号事件及び平成八年(ワ)第四八八五号事件被告) 株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小野孝男

同 石本哲敏

右訴訟復代理人弁護士 中村規代実

同 湯尻淳也

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  本件申立ての要旨は、申立人X1(以下「申立人X1」という。)と相手方との間の平成二年三月二八日付け元金一億六〇〇〇万円の消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に関する、相手方の所持に係る稟議書及びその添付書類一式(以下「本件文書」という。)は、民事訴訟法二二〇条三号後段に当たるとともに、同条四号に当たり同号イからハまでに掲げるもののいずれにも該当せず、相手方が平成七年(ワ)第一六〇四四号事件被告大同生命保険相互会社及び同株式会社ファイナンシャルステーション(併せて以下「被告大同生命ら」という。)と提携して本件消費貸借契約に係る融資を実行した事実(証すべき事実)を証するため必要があるから、これを提出すべき旨の決定を求めるというものである。

二  まず、本件文書が民事訴訟法二二〇条三号後段に当たるかどうかについて検討する。

1  同号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)とは、挙証者と所持者との間の法律関係自体を記載した文書のほか、当該法律関係の構成要素の一部を記載した文書をいうと解されるが、右規定の沿革及び文理にかんがみると、文書の作成者が、専ら所持者の利用に供する目的をもって作成した文書は、右に当たらず、法律関係文書に含まれないものと解すべきである。申立人らは、提出義務の対象となる法律関係文書は、法律関係そのものについて作成されている文書にとどまらず、当該法律関係の成立又は効力について裁判所が適正な事実認定をするために必要な文書を含むと主張するが、そのように解するときは、取調べの必要性とは別個独立の要件として提出義務の原因を定める同号の規定の存在意義は失われるに等しい結果となるのであって、右のような見解は、当裁判所の採るところではない。

2  しかるところ、銀行が融資の審査等を行うに当たり作成する稟議書は、一私企業にすぎない当該銀行の内部で、その意思形成過程において作成される文書である上に、法令上その作成が義務付けられているわけではなく、その作成、開示、処分等の処置は、あげて当該銀行の意思に委ねられているものである。このような稟議書の性質を考えると、稟議書は、特別の事情のない限り、当該銀行が専ら自らの利用に供する目的をもって、これを外部に開示することは想定しないで、作成した文書というべきであり、したがって、法律関係文書には当たらないものである。しかして、相手方が本件文書を作成した経緯につき右特別の事情は見当たらないから、本件文書は、申立人X1と相手方との間における法律関係文書には当たらないこととなる。

申立人らは、本件文書が、相手方の組織内において、本件消費貸借契約を締結する過程で、相手方の申立人らに対する貸付けの意思を確定するために作成された文書であり、その意思決定の合理性を担保するために担当者がそれぞれ決裁印を押捺して責任の所在を明らかにするものであると主張する。しかしながら、本件文書が本件消費貸借契約締結の意思決定の合理性を担保するために担当者がそれぞれ押印して責任の所在を明らかにするものであるとしても、それは、相手方が、自らの判断を誤らないために、その使用する従業員の各個の所見を合理的な、責任のあるものとさせるべく稟議書を作成することとしているのであって、要するに、専ら相手方の内部の管理を全うする目的に出たものであることが明らかである。したがって、申立人らが右に指摘することを理由に、本件文書をもって相手方が専ら自らの利用に供する目的で作成した文書でないということはできない。

3  そうすると、本件文書が民事訴訟法二二〇条三号後段の法律関係文書に当たるとする申立人らの主張は、その余の点についてみるまでもなく理由がない。

三  次に、本件文書が民事訴訟法二二〇条四号ハに掲げるものに該当するかどうかについて検討する。

1  同号の規定は、一般的な文書提出義務を創設しながら同号ハの掲げる「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」をその除外事由と定めたのであるが、それは、自然人であれ法人であれ、人は、沈黙の自由、あるいはその意思決定の過程の公開を強いられない自由を保障されるべきところ、右のような文書までが一般的提出義務の対象となるとすると、右の自由が侵害されるのみならず、ひいては文書を作成すべき者の意思決定が萎縮させられ、その者の意思の自由自体が危うくされるおそれがあることを考慮し、そのような事態を回避することを趣旨とするものと解される。

2  右規定のかかる趣旨にその文理を併せ考えると、法人等の団体の内部の意思形成過程で作成される手控え、稟議書等は、個人における手控え、日記のような、内心がそのまま書き記される文書に匹敵するものであり、団体の構成員が外部の反応を忌みはばかることなく闊達に検討、討論をして団体の意思を形成する自由を保障するためには、これを一般的提出義務の対象から除くことが必要と考えられるから、右の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである。

しかして、銀行が融資の審査等を行うに当たり作成する稟議書の性質について前記二2に説示したところからすれば、右稟議書は、まさしく右の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書もその例に漏れるものではない。

3  申立人らは、(一) 組織においては、意思決定の過程及びこれにかかわる複数の者の責任の所在を明らかにし、後日再検討し得るよう、これらの事項を文書化することは避けて通れないことであり、その文書が提出義務の対象となったからといって、文書が作成されず、あるいは、通常の記載事項が落とされ、廃棄の時期が早まるということはあり得ない。(二) 稟議書は、組織内の意思決定過程の合理性の重要な証拠であることにかんがみれば、むしろ、経済活動を行う組織としては、後日の紛争に備えて詳細な記録をとどめようとするのが合理的であり、後日これが所持者以外の者の目にさらされ、右意思決定過程の再検討の資料とされることは当然予定しているという趣旨の主張をする。

しかしながら、仮に、団体の内部の意思形成過程で作成される稟議書等の文書が一般的提出義務の対象とされるとなれば、そのような文書が作成されなくなるなどの事態までが引き起こされるかどうかまではともかく、当該団体の自由な意思決定が阻害されることは経験則上否定の余地のないところであり(したがって、申立人らが論ずる本件文書の公開によって相手方の業務に具体的支障が生ずるかどうかということは、問題とするまでもないこととなる。)、そうである以上、これを右対象とすることは前記規定の趣旨に反することとなるのであって、右(一)の主張は、採用することができない。

また、稟議書が団体の意思形成過程を跡付ける重要な証拠となり得ることは右主張のとおりであるとしても、その作成の際に後日の争訟においてこれを証拠として開示することを予定するかどうかは、開示による意思形成の萎縮のおそれの大小等と彼此衡量の上当該団体が決定することであり、これもまた意思決定の自由として保護されているところというべきである。すなわち、稟議書が意思形成過程に関する証拠となり得るからといって、後日これが所持者以外の者に開示されることが予定されているとはいえないのであって、右(二)の主張は、その前提において当を得ない。

4  そうしてみると、本件文書が民事訴訟法二二〇条四号ハに掲げるものに該当しないとの申立人らの主張も、採用の限りでない。

四  さらに、本件申立ては、前示のとおり、相手方が被告大同生命らと提携して本件消費貸借契約に係る融資を実行した事実を証すべき事実とするというのである。そして、申立人らは、本件消費貸借契約は、申立人X1を保険契約者とする各変額生命保険契約と不可分一体のものであるから、要素の錯誤又は公序良俗違反により無効であると主張し、右事実は、その背景を成すものであるという。しかしながら、相手方が本件消費貸借契約に係る融資を実行するに当たり被告大同生命らと「提携」したということの意味は必ずしも明らかでないが、これをどのように解釈したとしても、そのような「提携」の事実があったからといって、直ちに、本件消費貸借契約が右各変額生命保険契約と不可分一体のものとなり、あるいは要素の錯誤又は公序良俗違反により無効となるとは容易に考え難いところである。そうであるとすれば、本件申立てについては、その証すべき事実の主要事実との関連性がいまだ十分に説明されているとはいえず、本件文書の取調べの必要性を肯定することも困難であるといわざるを得ない。

五  以上によれば、本件申立ては理由がないからこれを却下することとする。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 長屋文裕 成田晋司)

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